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ニホンオオカミの話し

これまた、いきなりという感じですが、「ニホンオオカミ」の話しをしてみたいと思います。
(特別な意味とかが、あるわけではないのですが・・・。^^;)


子供の頃、特に意識していたわけではないんですけれど、
オオカミって、いるものだと思っていたんですよね。

でも、いつ頃のことかは、よく覚えていないのですが、
ニホンオオカミは、明治38年に奈良県で捕らえられたのを、
最後に、絶滅した、と本で読んだんですよね。

そんな昔に、すでに、いなくなっていたんだ・・・、
というのは、ちょっと驚きでした。

だって、例えば山の中で、出会ったら怖い動物ということになると、
個人的には、クマとオオカミだと思うんですよね。

クマは、今も、いるじゃないですか。
でも、オオカミはいないんですよね・・・。


現在でも、ニホンオオカミは生存していると考えている人たちもいます。
目撃例も多くあるし、写真に撮ったという人もいるし・・・。
もちろん、学説として、認められているわけではないですけれどね。
(生きたままのニホンオオカミが見つかりでもしないと無理でしょうね。)

まあ、そのことは、とりあえず、置いといて、
・ニホンオオカミは、どういう存在だったのか?
・ニホンオオカミは、なぜ絶滅してしまったのか?
このことについて、ここからは、書いていきますね。
(この2つが、個人的に興味のわいたことだったもので・・・。^^;)




オオカミというと、家畜を殺したり、時には、人も襲ったりして、
嫌われていた、あるいは、迫害の対象になった動物というイメージがありました。
(確かに、外国では、そうだったのですが・・・。)


でも、ニホンオオカミの場合は、必ずしも、そうではなかったようなんですよね。
少なくとも、江戸時代中期くらいまでは・・・。


例えば、神社などでもらう、お札には、オオカミが描かれているものが、いくつも存在しています。


また、言い伝えとして残っているエピソードには、困っていたオオカミを助けたら、恩返しをしてくれた、というものが多いんですよね。

オオカミを、骨を噛み砕くこともできるのですが、そのために、砕けた骨が、口の中とか、のどに刺さることがあります。

そういう状態で、苦しんでいたオオカミを助けて(骨を取って)あげると、
何度も、頭を下げながら(お辞儀ということなんでしょうね)、帰っていった。
そして、夜中に、外で、どさっという音がして、
朝になってから、見に行くと、そこには、シカだったり、ヤマドリだったりが、置いてあった。



こういう話しが、どこまで、真実なのかは、わかりませんが、
そういう言い伝えがあるということは、少なくとも、
オオカミに対して、そんなに悪いイメージを抱いていなかったということを、
表しているようには、思えるのですが・・・。



現実にも、日本では、明治以前というのは、家畜らしい家畜は、にわとりくらいしかいなかったので、オオカミが家畜を襲うということは、少なかっただろうし、逆に、畑を荒らす、野うさぎやきつね、シカなどを、捕獲してくれるということで、農民などからは、有難がられていたんですよね。


野生動物が、たくさんいる環境だったら、食料不足ということもなく、人を襲うということも、よほどの事情がない限りは、考えにくいんですよね。




そんなニホンオオカミと人間の共存関係に変化が現れたのは、江戸時代中期頃に、日本に「狂犬病」が入ってきたことが発端だったのかもしれません。

オオカミというのは、もともと、伝染病には弱い(かかりやすい)動物なんですよね。

その証拠に、オオカミの分布地域って、主に北に偏っています。
要するに、温かいもしくは暑い地域には、いない(少ない)ということです。
寒い所だと、病原菌が、活発になりにくいんですよね。

そんなオオカミが、新種の病気に襲われたとしたら、おそらく、相当な被害が出たはずです。
しかも、「狂犬病」にかかると、人を襲うようにもなります。
そのことが、オオカミ=害獣、つまりは、駆除すべき存在ということにも、つながります。



そして、明治時代になると、さらに、追い討ちをかけるような出来事が続くことになります。

開拓が進み、オオカミの住みかである、森林が減少していきました。


また、日本人に比べて、欧米人は、シカ肉を好むます。
そのために、当時輸出品に乏しかった日本は、盛んに、シカ肉を缶詰などにして、輸出していくことになりました。
その原料になるのは、当然野生のシカということになります。
このことは、オオカミのエサがなくなっていくということを意味しています。


そうなると、新たなるエサを探す必要が、出てきますよね。
標的になったのは、明治時代になって、急速に増えてきた「家畜」でした。


もう、ここまでくると、悪循環も極まったという感じです。
各地で、オオカミは、懸賞金をかけられて、次々に、銃で撃たれ、毒殺されていくだけの存在になっていきました。



前述したように、明治38年1月23日、奈良県東吉野村というところで、猟師が撃取ったニホンオオカミが、アメリカ人のアンダーソンに買い取られました。
これが、記録に残る、最後のニホンオオカミとなりました。
(その標本は、大英博物館に送られました。)

その後も、生存していた可能性はあるのですが、学説は覆されることはなく、そのため詳細な調査も、保護政策も、とられることはありませんでした。

絶滅の危機に瀕している動物を保護しようという意識は、まだ低かったでしょうし、それ以上に、「絶滅した」とされていたとしたら、保護する対象になるわけもないですよね。

現在、国内にあるニホンオオカミの標本は、東京大学、国立科学博物館、和歌山大学にある、3体だけです。


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