准看護学校を卒業して3年
私は准看護学校を卒業して3年間お礼奉公もあり 准看学生時代から過ごした病院にそのまま勤務しました。
卒業直後、「わぁ〜後3年。。。」と気が重く感じたものでしたが年月とは 早いものできずいたら3年経っていたと言う感じです。
この期間色んな患者さんとの出会いがあり、また分からない事だらけ の自分に疑問を持つと言う事も沢山ありました。
私自身の勉強不足と言うのがあるとは思いますが。。。
あの時の私は、 ただDrの判断まかせで毎日動いていたし、 この患者さんはどういう状態でこのようになっているからどうしたら良いかと 深く考えて行動してたと言うことに 欠けていたと思います。
要するに観察不足=それだけの知識がないと言うことに行き当たりました。
そもそもやっぱり進学は諦めてはいませんでした。
実際に患者さんと接しながら特にその気持ちが維持出来ていたと思います。
もう少しここで自分がきづいておけば、また違ったのではないか。。。 と思ったことは数知れずでした。
そこで、3年目のお礼奉公が終わりを告げ さっそく進学をする準備を開始しました。
進学コースの学校の情報を集め受験科目やどのくらいの資金が必要か あと、3年間の生活を考えて今の貯蓄で賄えるか。。。 (お礼奉公期間中に貯蓄をこそらっとしていました。) を考え、学校に行くとしたら病院はやっぱり両立しやすい とこを考えた方がいいな。。。とも考えていました。
その頃、勤めてたいた病院は准看護学校でしか卒業生を出したことが なく、進学後の勤務を考えると「ムリだなぁ」と実感していました。
もし、行ったとしても自分だけと言う引け目もあるし、夜勤の回数や学校の 出校日に合わせて勤務をくむことなどを考えるとやっぱり難しいと 判断して、5年間過ごした病院を退職することにしました。
退職を理事長先生に告げる時、凄く勇気がいりました。
理事長は「あんた、これから准看も経験年数で正看取れるようになってくるとばい」 (←ハッキリとしないことを言ってからに。。。と思った。(-_-;)) と言われ私は「学校に行って知識を深めたいから・・」と自分の考えを曲げずに 話したのです。
免許ではなくこれから自分自身がこの職業に就く為に必要と感じたから 進学のことを話したのに。。。
最後には了解してくれ、ホット。
その上、理事長先生が軍医だった時代(戦時中の話)のことを話して くれました。
「あんたが、戦争中の話しば聴きたいと言ってたから話そう」 と言われ長々と。。。 話してくれました。
理事長先生の歩んできた人生と言うのがしんみりと伝わり、凄いなぁ と感じました。
苦労して一代で築いてきた人の話はやっぱり偉大だ。
次の就職先は、前々から知人(高校・准看学校の先輩)が勤めている病院を 知人から勧められていたのです。
私が進学を希望していると言う事を知って「うちの病院は学校に行かせてくれるし、 そう言う人は歓迎してくれるよ」と話していたのでさっそく紹介で面接に行きました。
「今は募集していないんだけど、お礼奉公はちゃんとされてきたと言うところは 魅力ですねー。」と副総婦長に言われ一先ずホット・・・(無駄ではなかったぁ)
でもでも、脅しのように
「来年進学コース受かることが条件ですから。。。」
と厳しいことを言われてしまいました。(T.T)
あの頃、私は運が良かったのか。。。。
そこの病院から当時は進学コースに行っている学生は結構多く情報がいきかってました。だから、凄く安心感がありました。
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